柴野プロフィール

shibano
僕、柴野雅樹は、ネットビジネス界に参入してから
この約7年の間に、累計10億円以上を売り上げてきました。

また、自身の主宰する「夢リタ塾」会員の総売り上げは、
今年で4億円を超え、

これまでに僕が指導してきた方のうち、3名は、
大手ASP・インフォトップのアフィリエイターランキングで
1位を奪取し、

今日も、月収200万、300万を突破する
コンサル生たちが続出しています。

プライベートでは、
世界中、行きたい時に、行きたいところへ行き、好きなだけ過ごし、
やりたいことをやりたいと思った時にすぐさま実行できる…。

そんな悠悠自適な毎日を過ごしています。

たとえば、雪山に数ヶ月間、家を一軒まるごと借りて、
冬のあいだ、大好きなスノーボードを存分に楽しんだり…

「マカオでカジノを楽しみたいな」と思えば、
翌日、現地に飛び立ってみたり…

「そろそろ車が欲しいな…」となれば、
自分へのご褒美として、もう一台、買ってみたり…

ザ・リッツ・カールトン、グランドハイアットなど、
超一流ホテルのスイートで、ゆったりのんびり過ごしたいと思えば、
すぐに予約してみたり…

「趣味のゴルフに打ち込みたいな」というときは、
1週間まるごと、ゴルフ三昧の旅に出かけてみたり…

ここに挙げたのはほんの一例ですが、こんな風に、
自分の「欲望」を自由に実現しながら、
幸せに過ごしつつ、仕事でも、成果を出し続けています。

と、こんな風にお伝えすると…

「誰も彼もが、あくせく働き、将来に不安を抱える中、さぞかしよろしいことで…」

こう思われる方がいらっしゃるかもしれません。

あるいは、

「家が元から金持ちだったから、それに乗っかって、成功できたんじゃないの?」

と思う方も少なくないと思います。

柴野雅樹とは、いったい何者なのか?

今、冒頭でお伝えしたことはまぎれもない事実です。

しかし、僕は、良家の御曹司でもなければ、

親が資産家だったわけでもなく、

どこにでもあるごく一般的な家庭に生まれ、
いたって平凡な少年時代を過ごし、

数年前までは、

その辺にごろごろ、どこにでもいるような
ごくごく普通のサラリーマンでした。

大学卒業後、
僕は、日本全国に展開する「びっくりドンキー」という
ハンバーグレストランに就職しました。

とはいえ、最初から、会社に骨をうずめるつもりはなく、

「独立するときに役立つことを学べる会社に就職しよう」

就職する前から、将来、独立することを前提に考えていました。

昨今、多くのサラリーマンの方が、「独立」、あるいは「起業」について
ためらう気持ちを抱え、それを乗り越えることが、ひとつの大きな壁であり、
乗り越えるために、膨大な時間を費やす中、

当時、ハタチそこらの僕が、こういった思考で将来を見据えていたことは、
両親が自営業を営んでいたことが大きく関係していたのだと、

三十代も半ばにさしかかった今、ようやく気づくことができました。

話を本題に戻しますね。

「独立するときに役立つことを学べる会社に就職しよう」

繰り返しますが、この視点で、僕は就職先を選びました。

「びっくりドンキー」を運営しているのは、大きな会社ですし、

「企業」の仕組みにはじまり、人材育成や
レストランという現場での仕事など、
トータルに、ビジネスを学べるのではないかと判断したのです。

そうして、就職してから2年、3年が経ち…。

いわゆる、社内の人間関係のいざこざはほとんどなく、いたって良好でした。

レストランで「お客さまにおもてなしを施す」という「接客」以外にも、

後輩を指導したり、アルバイトの採用をしたり…

さまざまな業務に携わることができ、
非常に充実した時間を過ごしてきました。

気づけば、またたく間に3年ほどの月日が流れていて、

「あれ?きのうまで、新入社員だったはずなのに…」
と、時の早さにア然としたほどです。

しかし、「慣れ」とは良くも悪くも強力なパワーを持つもの。

僕は、そのことを身でもって知りました。

はじめは、仕事をするうえで、
目に映るもの、耳に聞こえるもの、
すべてが新鮮だったのに、

難なく、そつなく。

自分の立場として、日々、行うべきあらゆることを
ほぼ、オートマティックにこなせるようになってくると、

ひたすら会社から給料をもらう
平々凡々、のんびり三昧の毎日…

就職難といわれるこのご時世に、

「なんと、不謹慎なことをいうのですか!?」

と思う方がいるかもしれませんが、

正直、僕にとっては、

同じ繰り返しの毎日が、
「退屈」に思えてなりませんでした。

といっても、現実問題、
すぐに会社を辞めるわけにもいきません。

当たり前のことですよね?

社会は、個人の感情の赴くまま、そのすべてを受け入れてくれるほど
甘くはありません。

だからこそ、「退屈な毎日」を
1ミリでも「刺激的な毎日」に変えるべく、

「お客さんにもっと喜んでもらうためにはどうしたらいいか?」

「会社により良く貢献するために、今、何ができるか?」

と自分なりに考え、企画書や提案書を作成し、
自発的に上司に提出したりしていました。

でも、そうしたからといって、
飛躍的な昇進があるわけでもない…。

言い方は少しラフかもしれませんが、
これもまた「会社」という大きな「箱」に属する者の
哀しい運命(さだめ)かもしれません。

また、先ほども伝えたとおり、
将来、独立するつもりで就職していたので、

「どんな分野で起業しよう?」

「いったい、どんなビジネスが儲かるんだろう?」

ということは常に考えていました。

当時を振り返ってみても、

飲食店のフランチャイズで独立した人の雑誌記事や、
独立起業関連の本を読みあさったり…

情報収集については、抜かりがなかったと自負しています。

けれど、その時代は、今とちがって、
インターネットの普及もまだまだでしたし、

独立といえば、店舗をオープンするなど、
当然ながら、「リアル・ビジネス」が、主流でした。

この場合、

「お店を持つのに、初期投資500万が必要」

といった話におのずとなってくるわけです。

月収が、手取り20万かそこらの若僧だった僕には、
とうていありえないこと…。

「独立したい」という気持ちがぐんぐん高まる中、
ピンとくるビジネスジャンルも中々みつからず…。

しばらくは悶々とした日々を過ごしていました。

脱サラのきっかけは、仕事環境の変化。
サラリーマン生活5年目にして、
腹を決めました。

どんな会社でも普通にあることだと思いますが、

僕がサラリーマンだった5年間のうち、最後の2年ほどのあいだに、
部署の移動があり、上司やその他、かかわる人たちが変わりしました。

その環境の変化によって、僕自身の気持ちもどんどん変わっていきました。

そこで、よくよく考えてみたのです。

「自分は、いつまでこの会社にいるつもりなのか。
ここにいて、どんな未来があるのか」と。

僕が勤めていたのは、
レストランを全国展開している大企業ですので、

店長やエリアマネージャーなど、
重要なポジションには、必ず、先輩たちがいます。

つまるところ、その人たちが辞めないかぎり、
その「椅子」には座れません。

ということは、トップの座にいる上司が何人もいて、
次々と入社してくる部下たちが数人いるという、

いわゆる「中堅ポジション」に
少なくとも、この先5年、10年単位の期間、
ずっととどまることになるということ。

それ「以上」でも、「以下」でもないわけです。

つまりは、現状維持の平行線を辿っていくということ。

そう考えたとき、正直、「なんてつまらない人生なんだろう…」

と気が遠くなり、たおれそうになりました。

このあたりで、僕の「起業」への覚悟が決まりました。

「ものごとは、すべてタイミング」というのは、本当だなあと
実感した瞬間です。

『一回きりの自分の人生なのだから、
思う存分、自分で舵をとろう。
これからは、生きたい道を
まっすぐ進んでいこう』

と心に決めました。

そして、

「起業するならなおさらのこと、

会社を辞めてから先のことをきちんと準備していこう」

僕は会社で働きながら、
起業に向けて、なすべきことを実行に移していきました。

具体的にいうと…

「世界のどこにいても、
パソコン一台でビジネスできる
時間や距離に縛られない自由な生活」

―僕は、これを現実に叶えたくて
起業しました。

当時の僕は、26歳。

「起業する」と決めてから、生活はがらりと一変しました。

会社が終わると、一目散に帰宅。

それまで、皆勤賞だった飲み会も、当時の彼女とのデートも…
プライベートで遊ぶ時間はゼロになりました。

就職した時に初給料で買ったおんぼろパソコンを使って、
無我夢中で、気になるキーワードを打ち込み、

「これは役立つかも!」と直感した教材や音声は
すべて買い占めて、会社で働く以外に、
自分の自由になる時間はすべて勉強に費やしました。

いくばくかの貯金はありましたが、
中には、ひとつ、数十万するものもありました。

サラリーマンだった僕には「ちょっと、度が過ぎるのでは…?」
と、そばでみていた両親が、

「あの頃、実は、ヒヤヒヤしながらオマエのことをみてたんだよ」

と、近年、ぽろっとこぼしていたのですが、

僕自身は、とにかくもう、「何がなんでも手にしたいと思った未来」に向かって、
一目散に向かっていたのです。

職場には車で通勤していましたが、
片道数十分の、そのわずかな時間も、
「これは!」と思った方のセミナー音声を聞く時間に充てていました。

そして、これは自慢ではありません。

事実です。

「よし、起業するぞ!」と決めてから、
1000時間、勉強しました。

「1000時間」というと、果てしない、
もはや、宇宙レベルの時間数に思えるかもしれませんが、

実のところ、1日たったの3時間なんですよね。

それを365日、繰り返すだけで、1095時間になるんです。

自分自身を、あるいは、自分のいる世界を変えたいと本気で望むなら、
自分に変化を起こすしかないのです。

逆にいうと、自分の考え方を変えれば、
行動も変わり、自分が生きる世界も変えられるということです。

「誰しも世界を変えたいと思うが、自分を変えようと思う人はいない」

ロシアの文豪・トルストイがこんな名言を遺していますが、
本当にその通りだと、僕は自身の経験を通して、心からそう思います。

人に、「こうして、ああして」
と求めるのではなく、

自ら、「良き変化」を
起こそうとする者にだけ、
幸運の女神は、
微笑んでくれるものなのです。

「人生を変える勇気」を本気で持てるか、持てないか。

要は、「やるか、やらないか」だけなのです。

これは、起業しかり、そのほか、人生において変化を望むこと、
すべてにおいてです。

「よし、やるぞ!」と気持ちの高まっている時こそ、
その気持ちを追い風として味方につけるべき。

そして一旦スタートを切ったら、
過去は振り返らず、粘り強く、懸命に、取り組む。

「今」と「未来」に集中して、ひたすら、行動する。

ただ、それだけを積み重ねていくのです。

すると、いつの間にか、目をこらしても見えないくらい、
スタート地点からはるか遠くまで進んでいる自分自身に気づく時が必ずやってきます。

現に…

僕が、サラリーマンだった当時、
手にしたいと思い描いたすべて以上の
「現実」を、今、手にすることができ、
公私ともに絶大に幸せな毎日を
過ごしています。

この3分ほどのあいだ、一気呵成にあなたにお伝えしたこと。

これは、まぎれもなく、僕のプロフィールです。

ふつうなら、

「●年に生まれて、どこどこで働き、どこどこでこんな成果を出して、現在に至ります…。チャンチャン♪」

という、ダイジェスト風のタッチになるかと思います。

今、書いたことを自分で読み返してみたのですが、
「従来」のものと比べたら、「ちょっと」を越えて、
かなり風変わりなプロフィールに仕上がっているかもしれません。

でも、かぎられたスペースの中で、
この貴重な時間を割いて読んでくださるあなたに、
できるかぎり、僕、柴野雅樹のことを知っていただきたかった。

その一心で、自身のことを精一杯、綴らせていただきました。

起業してから約7年、今現在の僕については、冒頭で述べたとおり、

自室のパソコン一台でネットビジネス界に参入してから
累計●億円以上を稼ぎ出してきました。

そのノウハウをもとに、ネットビジネスを指導する「夢リタ塾」の会員さんたちは、
すべからく、皆、成功されています。

最近では、「リアル・ビジネス」への本格参入をはじめ、
自身にとっての「新境地」を、愛すべき仲間たちとともに拓きつつ、
大いなる刺激を受ける毎日を過ごしています。

正直なところ、これからの自分がどう「進化」していくのか。

そのことが楽しみでなりません。

とても幸せです。

ほんの数年前まで、ごく平凡なサラリーマンだった僕から
あなたに、今、いえること…。

それは、ひとつ、「コレだ!」と決めて、一点突破し、それを達成できれば、
自分の中に、「ゆるぎない自信」が培われていくということ。

そして、それはまぎれもなく、あなた自身の「財産」になるということ。

さらにいうと、このふたつを積み重ねていくことが、

「次はこんなことを実現してみたい」というさらなる「野望」や「夢」を生み出し、
またとない高みへと、自分が自分を誘う…

そんな素晴らしい好循環が現実に生まれ、
あたかも、らせん階段のように、
良きことが、自らの人生に、当たり前に、連続して起きるようになるということです。

長いながいプロフィール文、さいごまでお読みくださり、ありがとうございました。

                        

柴野雅樹