【書籍】いちばんやさしい美術鑑賞について。アート鑑賞の「第一歩」の踏み出し方

どうも、園田です。

 

今回書くのは、「いちばんやさしい美術鑑賞」という本について。

 

 

なぜ、美術鑑賞なのか?

 

ってことで疑問に思うかもしれませんが、インプット大全や、オリジナルズという書籍に、芸術鑑賞をすることでなんと

 

・学力向上

・創造性向上

・癒やしの効果アリ

・ビジネススキルアップ

 

などなど様々な効果がある、ということが書かれていたのです。

 

しかも、オリジナルズという本の中では、

 

ノーベル賞受賞者の中で一般的な科学者と比較した場合、

芸術関連の趣味を持ってる人のほうが受賞確立が高かった。

 

という研究結果もあったらしいのです。

その違い、倍率の詳細ですけど以下の通り。

 

音楽:2倍
美術:7倍
工芸:7,5倍
文筆:12倍
舞台芸術:22倍!!

 

舞台芸術ハンパねえ・・・!

 

 

というわけで、影響されやすい僕なので早速

 

「よし、じゃあ芸術鑑賞してみよう」

 

と思いたったんですけど、そもそも僕自身、美術鑑賞とか芸術って全く興味もなかったジャンルだったんで舞台芸術にいきなり挑むのもあれだし、そもそも

 

「一体なにがアートなんだ?全然わからん!」

 

というスーパー初心者状態だったので、まずは普通に「美術」でのアートから入ることにしました。

 

で、インプット大全の樺沢さんいわく

 

「まずは書籍を一冊読んでみましょう」

 

ってことで書かれていたので、とりあえず美術鑑賞に関する本で、入門書的なものをいろいろ調べてみて、買ったのがこの本というわけ。

 

 

下記、読んで学びになった部分です。

他のレビュー同様ネタバレ全開。

 

ただ、今回の本に関しては著者の方の熱いアート愛が多分に含まれている独特な文章だったり言い回しが多かったので

 

箇条書きっぽいメモだけじゃ中身に関してはイマイチ想像つかないかも。

 

やっぱり実際に読むのが一番です。

ちなみに超わかりやすいです。

芸術家の人生背景、時代背景とかも想像しながら観るのが一番深く鑑賞できるってさ。

 

歴史とか好きなひとはめっちゃのめり込むかも。

 

 

では書いていきます。

 

 

 

 

 

この本を読む目的:美術鑑賞の方法を知る。

まず美術ってなんぞや?
アートってなんぞや?

これを知るために買った本である。

どんな画家が居て、どんな人で、どんな絵で
何が評価されてるのかとか、いわゆる、美術鑑賞の基礎知識や
絵など、芸術品の「見方」を知りたい。

 

 

 

■聞いたことも無い画家の作品を鑑賞するときの心構えって?

見たときの第1印象が大事。

インパクトに残ったものの前に長く残るという見方は理にかなっている。
食事と一緒で、フラッと立ち寄ったお店の評価は
あくまでも自分で食べて自分が決めるもの。

 

西洋絵画はほとんどが「歴史画」であることが多い。

 

→ ギリシャ神話や聖書やキリストにまつわる事柄やエピソードを書いた宗教画のこと。

 

なぜ多いか?

 

→ 文字の読み書きができなかった時代、教えを説くためなどに
主に使われていた。また、権力者などがそういった絵を画家達に書かせたのが
多い理由。

ちなみに、17世紀のフランスで「シャルル・ルブラン」が
絵画のジャンルを「階級分け」したことも影響している。

1位が歴史画
2位が肖像画
3位が静物画

 

 

■キアロスクーロ

→ 日本語で明暗法、陰影法

二次元を立体的に見せる技法
(15世紀頃からスタンダードになってきた)

 

■バロック芸術はルターによる宗教改革のカウンターとして誕生した副産物的存在

 

プロテスタントに対抗しようとしたカトリックが
推進していった結果できあがったもの。

歪んだ真珠 = バロック芸術

 

 

■作家の力量を測るポイントは「手」である

どうしてかというと

顔は時代や人種、習慣や流行によって変わるが
最も普遍性が高いのが「手」の書き方。

美大などでも実技入試でデッサンで
自分の手を書かせるのは定番中の定番。

あくまでもこれは写実主義的な意味で。

 

 

■その絵がたどってきた道筋を観ると面白い

なんのために書かれた絵なのか?
誰が最初に持っていて、どうやってここに来たのか?

これを「来歴」と呼んだりする

国立西洋美術館のサイトに所蔵作品の足跡が掲載されてる。

 

 

■ヨハネス・フェルメール→オランダの画家

いい感じに謎に包まれている。笑

もともと風俗画家だった。

上野にある→聖プラクセディス

妻はカトリック教徒→自ら改宗したとか。

 

 

■ナチスを騙した稀代の「贋作者」メーヘレン

フェルメール作品の贋作者

それに関連した書籍
「フェルメールになれなかった男」

盗難にあった作品に関する書籍
「盗まれたフェルメール」

 

 

■「帰属」は描いたことが確実であるとされる作品にはつかない。

判断が分かれるものについては「○○作」とはつけず、
帰属とつける。

 

 

■フェルメールの風俗画は「引き算の美学」として
 和食の嗜み方にも似ているため日本人から親しまれている。

 

 

■フェルメール作 ルーブル美術館の「レースを編む女」を見たい!

B5サイズしかない小さいものらしい。

 

 

■作品の世界に溺れる見れる良い方法って?

クロード・モネは印象派

風景画が多い

印象派と呼ばれるきっかけになったのはモネの作品名「印象・日の出」が由来

反対にそのままを描くことを「写実主義」と呼ぶ。

 

 

■絵画がオークション形式になったのは1950年くらいから。

その背景などが書かれている書籍
「印象派はこうして世界を征服した」

 

 

■美術史で風景だけを描くようになったのは
 16、17世紀のフランドル絵画あたりから。

バルビゾン派などが有名

写実主義。

 

 

■日本の浮世絵の画面構成、構図がヨーロッパの印象派に影響を大きく与えた。

 

 

■楽しみ方として、離れてみたり、近くで見たり、
 斜めから見たりしてみるのも良い。

印象派というのはいわゆる「服の着崩し」みたいなもの。

抜け感とか呼んだりする。

そのセンスが抜群なのがモネ。

 

 

 

■モネの使用した技法「色彩分割(筆触分割)」

現職をそのままキャンバスに塗り、
そのとなりにパレット上で混ぜ合わせるはずだった別の色を塗っていく。

混ぜると暗くなる色がこれで非常に明るく見える。

この考え、技法を突き詰めると「点描画」になる。

モネの睡蓮という作品は200以上あると言われてる。

 

 

 

■モネが過ごした家はフランス・パリから近い

■ポール・セザンヌは「近代絵画の父」と呼ばれるのはなぜ?

セザンヌはモネとほぼ同時期に活躍したが、
後世の画家に与えた影響は計り知れない。

美術界の「ニーチェ」のような存在

→ 神は死んだ発言並の次代の絵画への展望に貢献した

遠近法や消失点を使わない?

塗り残し、なんかも使っていた。

複数の視点を含む作品が特徴。

左から見た顔だけでなく、他の方向から見える部分まで描く、
など。

 

 

 

■セザンヌ以前はキャンバス地が見えていることは
 未完成である証拠とされていた。

セザンヌの名言
人物画のモデルに「りんごは動かないぞ!」と激怒した。笑

当時の画家達はみなセザンヌを高く評価していた。

ピサロもモネもゴーギャンも、ピカソも。

 

 

 

■使う場面を想像して観る美術品って何?

コツは「立体的に観る」こと。

エミール・ガレ
植物学者だった。

 

 

■デートで行くならルネ・ラリックの作品のほうがいいかも?

美しいガラスの美術品だから

 

 

■近代芸術を観る際にはその作品がどこで作られたのかもポイントになる

その作品が生まれた街を知ることでさらに理解が深まり、
幅が広がる。

 

 

 

■アール・ヌーヴォーとは?

19世紀末、それまでの古典様式に対抗する
新しい芸術のスタイルとしてこれが台頭してきた

それまでの美の基準に対抗する美術運動。

アーツ・アンド・クラフツ運動もイギリスで同時期に起こっていた。

最たる特徴は「美を身近な自然の中に当てはめた」こと。

 

 

 

■ジャポニスムが西洋美術界を席巻したことがある

→ 浮世絵やオリエンタリズムなどで異国文化を取り入れる動きが
この時期多かったみたい。

 

 

 

■パブロ・ピカソ

ピカソほど多くの作品を生涯で残した画家は「いない」

また、絵画だけでなく彫刻・陶器・版画に舞台、衣装も。

残した作品数は10万点を超え、ギネスブックに載ってる。

スペイン生まれ。

「キュビスムの時代」はセザンヌの影響を受けたもの。

ピカソの特徴「女性遍歴」

太宰みたいだな笑

もともとピカソはクソほど普通に絵もうまかった。

じゃあなぜあんな画風に?

写真が台頭してきて新しい絵画とはナニカ?
を追い求めた結果だろう。

そんなセザンヌの複数視点を持った絵画のことを

「理論で観る絵画」

と呼ぶ。

 

 

 

■複数視点による対象の把握と画面の再構成の記念碑的作品

→ アヴィニヨンの娘たち

教科書にも載るほど。

 

 

 

■美術鑑賞は格闘技ってなんで?w

ピカソ、セザンヌのような技法での書き方が増えたおかげで
目で見て、頭で考えて格闘しなければいけなくなったから。

 

 

 

■作者オススメの鑑賞方法

美術展会場入り口で配られている作品リストで

○、△、×など3段階とか5段階で評価を付ける。

すると自分の好みが分かる。

 

 

 

■カラーバス効果

ひとつの色を意識して観ることで毎日見ていたものでも
気づきが増えたりする。

これを使って、1週目は青、2周目は赤とか。
そういう見方も良い。

 

 

 

■現代アートは全部「デュシャンのせいだ」

近代絵画の父がセザンヌなら、現代アートの父はデュシャン。

20世紀以降はこのデュシャンのように
何を描いているか、どんな気持ちなのか、
どういう状況なのかを作品として発表し始めるようになる。

物語や神話などはなく、作家個人の意見や感情に依存した作品が多くなる。

タイトルで少しは読み取れそう・・・
と思いきや現代美術には「無題」も多くある。笑

代表作:階段を降りる裸体№2

泉(男性便器)

 

 

 

■便利な美術鑑賞必需品とは?

サブのトートバッグに単眼鏡。
写真撮影用スマホ

A4のクリアファイル二枚、リストやチラシ用。

 

 

 

■水墨画を味わう方法とは?

日本最高峰の人
雪舟 明(ときの中国)に留学みたいなことして
中国水墨画も実は極めてる。

牧谿、夏珪、馬遠、梁楷、玉澗
南宋時代に活躍した絵師達。

調べてみよう。

 

 

■山水とは風景のこと。

■日本美術最長で君臨した「狩野派」

約400年くらい続いてた勢力。

御用絵師だったから何代も続くことができたんだねー。

 

 

 

■金屏風の鑑賞方法

金箔を貼り付けているので、境目がジグザグしているので
光の反射で更に描かれているモチーフによって
複雑な表情を観ることができる。

東京藝術大学の文眞英氏の博士論文より。

なので展示会場ではいろんな角度から楽しんでみよう。

 

 

 

■西洋絵画と違って、日本美術を見れるかは「運次第」?!

理由は日本美術はデリケートなため文化財保護法で
「公開回数は2回以内、日数は延べ60日以内」
と決められている。

 

 

 

■尾形光琳のような琳派と呼ばれる人たちは
 実は時代を超えて各作者たちのリスペクトによって受け継がれてきた特殊な流派。

尾形光琳が端を発する流派でもない。

琳派は今もなお、写真家の杉本博司や、現代アーティストの会田誠などにも
影響を与えている。

 

 

 

■本歌取りというのは、過去の作品を下敷きにして
新たな作品を作り出すこと。

例:光琳の燕子花図屏風の花々を会田誠が女子高生に置き換えた作品(群娘図)など。

日本で生まれる芸術作品にはすべてどこかに本歌取りの要素があって叱るべき。

ピクシブが盛り上がってるのもその理由のひとつ。

 

 

 

■燕子花図屏風の六枚のパネルが丁番で連結されてひとつの形。

このパネルのひとつを「扇」と呼び、単位は「曲」
屏風を数える単位は「隻」
二隻一組のついになっている屏風の単位は「双」である。

燕子花図屏風は左右それぞれ六曲の扇が二つ一組になってるので
六曲一双と表す。

 

 

 

■日本美術の時間軸は画面右から左へ向かっている。

 

 

■琳派の「垂らし込み技法」とは?

たらしこみネイル、にも影響を与えている絵画テクニック。

日本画特有の絵の具や墨で色を塗り、それを乾かないうちに更に
絵の具や墨をたらしてわざと「にじませる」方法。

色を丁寧に塗り重ねていく西洋絵画とは真逆。

このやりかたは一見「中途半端で運任せ」のような技法だが、
日本人はこういった「ぼんやりとした表現」が好きなのだ。

 

 

 

■根津美術館(東京南青山)は燕子花図屏風を所蔵していて
 毎年5月頃カキツバタが花を咲かせる庭園があり、
 その時期に燕子花図屏風も展示されてる。

見に行きたい!俺も5月生まれだし。

 

 

 

 

■伊藤若沖の動植綵絵はヤバい。

気分が悪くなるほど細密にかかれている。

東京、三の丸尚蔵館

 

 

 

■曜変天目というきらびやかな茶碗

世界中に三点しか完全な形で残ってるものはない。
全部国宝で国内にある。

ちなみに焼かれたのは中国本土だとか。
でも中国では発見されてない。

これがあるのは

★静嘉堂文庫美術館(東京)
別名:稲葉天目

一番発色が良く斑紋がはっきり現れている。

★藤田美術館(大阪)
銀色の細かい縦筋が無数に見られるのが特徴

★大徳寺(京都)
3つの中で最も目にすることが困難。

十何年に一度だけとか。
最も地味らしいけど。

 

 

 

■茶碗の見方、楽しみ方

茶碗の呼び名や名称を知る。

上部、飲み口は「口縁」
外側の大部分を「胴」
下部を「腰」

まずは胴だけをざっと見比べるだけでも違いが分かる。

器の底を「高台」
内側は「見込み」

日本で作られたものを「和物」
中国で焼かれ輸入されたものを「唐物」
朝鮮半島で作られたものを「高麗物」

曜変天目には実は多くの謎がある・・・
調べてみよう。

謎1、現代でもこれだけキラキラ光る紋様がなぜできるのかわかってない。
なので偶然の産物なのでは?と言われている。現存してるのも数少ないし。

 

 

 

 

■今話題の超絶技法ってどんなの?

明治工芸のこと。

工芸が芸術として盛んになったのは明治時代から。

並河靖之:伝統的な七宝焼き
→ ヨーロッパの名だたる美術館に所蔵されている。

評価されるようになったきっかけはパリ万博。
なんと金賞牌を受賞した。

他にも明治時代にはたくさんの工芸芸術家がいる。
漆で絵を書いた漆絵とか漆器とか。

これらの背景には明治という、江戸で
武器なども必要なく平和な時代で能力を培われた
「職人たち」が生き残るための芸術作品を作っていったことがある。

並河靖之作品は京都の記念館でたくさん見れる。

海外受けは絶対に良いはず。

 

 

 

■日本で最初?とも呼べる女性画家は「上村松園」

やっぱり当時は女性の風当たりは強かったけど
こういった素晴らしい女性画家もたくさん居た。

自身も着物好きで、書く女性画はおしゃれな着物を着ている絵も多かったとか。

 

 

 

■過去の偉人(芸術家)たち以外でも、
現代でも評価されている人たちは多い。

日本画、美人画で代表的なのは池永康晟
岩絵具で書かれたガチの日本画

池永作品の特徴は、実際にいる人の女性画。

そして影などがない平面なものが多い。

作者いわく、美人画を観る際に「鼻」を重点的に見ている。

https://twitter.com/ikenagayasunari
見たけどめっちゃ生々しくて迫力ある

 

 

 

著者:青い日記帳:中村剛士

著者のツイッター

 

 

 

 

 

 

 

以下、この本を読んでるときに気になったこと、用語、人物

■バロック絵画って何を指してるの?

ウィキペディアいわく
バロック絵画(バロックかいが)は、
16世紀末から18世紀なかばの西洋芸術運動であるバロック様式に分類される絵画。

(★バロック様式とは:16世紀末から17世紀初頭にかけイタリアのローマ、
マントヴァ、ヴェネツィア、フィレンツェで誕生し、ヨーロッパの大部分へと
急速に広まった美術・文化の様式である。)

バロックは絶対王政、カトリック改革、カトリック復興などと深い関連があり、
ときには一体化したものと見なされることもあるが、

バロック美術とバロック建築の傑作は絶対主義やキリスト教とは無関係に、
作品自身が持つ魅力によって広く親しまれ、受け入れられている

ルネサンス美術とは異なり、バロック美術では大げさで
芝居がかったような場面描写が好まれ、
動的な躍動感あふれる作品が多く制作された。

■フレスコ画ってなに?(最後の晩餐)

辞典いわく:

アフレスコとも言う。

新鮮なという意味のイタリア語で、漆喰を壁に塗り、
それの乾かないうちに水性の絵の具で直に絵を描く。

■ロココ、オリエンタリズムとは?

1、ロココ

ロココ(Rococo)とは、美術史で使われた用語で、
バロックに続く時代の美術様式を指す。

18世紀、ルイ15世のフランス宮廷から始まり、
ヨーロッパの他国にも伝えられ、流行した。

ウィキペディアより

2、オリエンタリズム

オリエンタリズムとは、東方趣味・東洋趣味・異国趣味。

「オリエント世界(西アジア)へのあこがれに根ざす、西欧近代における文学・芸術上の風潮」

とされる。「反東洋思想」ともいう。

オリエンタリズムは「世界を西洋と東洋に分けて考える考え方」とも、
「二項対立」とも呼ばれる。

ウィキペディアより

■牧谿、夏珪、馬遠、梁楷、玉澗
南宋時代に活躍した絵師達。

1、牧谿

牧谿(もっけい、生没年不詳)は、13世紀後半、中国南宋末元初の僧。 法諱は法常で、牧谿は号だが、こちらで呼ばれるのが通例。 俗姓は李。 水墨画家として名高く、日本の水墨画に大きな影響を与え、最も高く評価されてきた画家の一人である。

2、夏珪

夏珪(かけい、生没年不明)は、南宋の画家。
字は禹玉。当時における院体画の第一人者とされる。

臨安(杭州)の出身。南宋の都であった杭州の画院で、
寧宗の時代に活躍をみせた。

とりわけ山水画が有名である。

北宋期の風景画が大観的な視点から描いているのに対し、
夏珪の画の多くは、画の一角に風景を描き多くを余白にした(「辺角の景」)。

かつては「伝夏珪 竹林山水図」が旧広島藩浅野家に蔵されていた。

3、馬遠

馬遠(ば えん、生没年不詳)は、南宋の画家。
字は遙父。号は欽山。

当時において夏珪と並ぶ院体画の代表的な画家。

『西園雅集図巻』 (カンザスシティ・ネルソン・アトキンス美術館)
『洞山渡水図』 (東京国立博物館) 1幅 絹本墨画淡彩 重要文化財

4、梁楷

梁楷(りょうかい、リアンカイ、生没年不詳)は、中国・南宋の画家。

山東省東平県出身。

13世紀初頭嘉泰年間に宮廷画家の最高位である画院待詔となった。
金帯を賜与されたものの関心を示さず柱に掛けて帰ったといわれる。

酒を好み、画院画家としては型破りな性格で、狂人を意味する梁風子と号した。

細密な院体画を描く一方で、減筆体と称される粗放な人物画をよくした。
牧谿・玉澗とともに日本の水墨画に大きな影響を与えた。

全部、ウィキペディアより

5、玉澗

中国・宋末元初の画僧。当時、複数の画人が「玉澗」という号を用いていたが、
当館蔵《廬山図》や《瀟湘八景図断簡》の筆者は、

元時代の呉大素『松斎梅譜』などに伝記の記載がある玉澗若芬と考えられている。

玉澗若芬は、字は仲石、俗姓は曹氏。

婺州(浙江省金華)の出身で、臨安(浙江省杭州)上天竺寺の書記を務めたという。

また、各地を遊歴するも、晩年は生地に戻って隠棲し、80歳で没したという。

山水・墨竹・墨梅に巧みであり、書した字は古怪で、
まるで画のようであったという。

さらに、詩も能くしたことでも知られる。

現存する作例は、いずれも溌墨で粗放に描かれている。

こうした山水画様式は、中国よりも日本において高く評価され、
室町時代には「草山水」と呼ばれて一つの規範となった。

岡山県立美術館所蔵作品検索システムより
http://jmapps.ne.jp/okayamakenbi/sakka_det.html?list_count=10&person_id=111