【書籍】世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?~経営における「アート」と「サイエンス」~ レビュー

どうも、園田です。

 

今回読んだのは電通などの広告代理店やコンサル会社に勤務していた経験のある「山口周」さんという方が書いた

 

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?~経営における「アート」と「サイエンス」~

 

という本。

 

一言でいうと、この本を読むことで、

 

「今の日本のベンチャー企業に何が足りないのか?」

 

がすぐ理解できます。

 

それは逆を言えば

 

「世界でのスタンダード」

 

が一体なんなのかも理解できるということです。

 

 

私自身が、日本のベンチャー、メガベンチャーと呼ばれる企業たちに感じていた「違和感」のようなものをしっかりと言語化してくれていて

 

そして僕ら起業家なんかも、そういった「欠点」を補っていく、というより、もはや全然違う道を歩むことが必要だなと強く感じた一冊です。

 

「ビジネスなんて稼げりゃいい」

 

と思ってる人にこそ読んでもらいたい。

 

 

 

 

 

以下、私が書籍を読んで感じたことやメモです。

 

 

読む目的:アートとビジネスを組み合わせた現代思考を学びたい。

 

 

■現代が自己実現消費に向かいつつあるってなぜ?

結局のところ世界全体が豊かになっていて
過去は富裕層のみの欲求だった「自己実現」に関して
ニーズが増えてきているってこと。

 

つまり、承認欲求や自己実現欲求を刺激するような完成、美意識が必要。

 

またつまり、全ての消費ビジネスが「ファッション化」しつつある。

マズローの欲求五段解説

→ 科学界隈では証明もされておらず眉唾だと言われているか、
本書ではこれをはっきりと「偽」だとせずに

 

本書のテーマ通りの「アート」と「サイエンス」という形で
はっきりしていない部分も取り入れていくという書き方で進めていく、
ということが途中の説明書きで書かれていました。

 

アート、つまり直感というわけですね。

 

 

■この本における「経営の美意識」の適用範囲

 

→ 一般的な美意識というとクリエイティブな分野のことだが
この本では経営の企業活動の側面における良い、悪いを判断するための
認識基準として使っている。

 

今、企業では生産性や資本回転率などで様々な評価指数があるが、
見えない、計測不可能な側面なども多分に影響してくるわけなので

 

その見えない部分に関してこの「美意識」が大事になってくると
著者は言っています。

 

■コンサルティングとは「経営にサイエンスを持ち込む」こと。

 

コンサルというのは「数値をもって経営を最大化する」わけですが
実際はこの数値だけでは企業の経営状況や価値は測れない。

 

ピーター・ドラッカーの言うように「測定できないものは管理できない」
という反論は、以下の二つの点で間違っている。

 

1、そもそもこの指摘はドラッカーのものじゃなくエドワーズ博士によるもの。

2、しかも前後のメッセージを通してみると全く違う解釈になる。

→ 原文:測定できないものは管理できない、と考えるのは誤りである。
これは代償の大きい誤解だ。

つまり全く逆のことを言ってるわけ。

 

 

■じゃあ、測定できないものやロジカルじゃないものはどうやって判断するの?

→ そこに「真・善・美」の「美意識」を持ち込む。

 

ドイツの哲学者:イマヌエル・カントいわく
認識のモードを理性だけに依存するのは危険であり、
快・不快の完成の活用が不可欠らしい。

 

「美しい、ということはなんらかの普遍的妥当性がある」

 

という解釈のできる文章を残している。

 

園田の意見:
投資のテクニカル分析とかでもあるサポレジやフィボナッチとか
あとは建築の世界の「黄金比」とかそういうのも「美しい」もので、
科学的な証明とは別に実際に普遍的妥当性が存在してるし、
確かにこれは間違ってなさそう。

 

 

■論理と理性では勝てない時代になってるってなぜ?

 

論理、理性的な情報処理スキルの限界が露呈しつつある

 

→ これには2つの要因があって、1つめが「正解のコモディティ化」が
起こっていること。これによって正解の差別化ができなくなり、
没個性化してきてる。差別化の消失とも呼べる問題が起こり始めた。

 

経営とは差別化を追求する営みなのに対し、
論理的、理性的な情報を元にした解は、
ひとしく同じになってしまう可能性が非常に高い。

 

そうなるとコモディティ化して差別化できなくなるという
パラドックスが起こってしまうわけですねー。

 

そうなるとそんなコモディティ化した商品で勝つためには
スピードとコストだけでしか勝負できなくなる。

 

園田の意見:でもそのスピードもコストも、戦後は良かったかもだけど
もう中国とか発展途上国に安く、早くという強みは取られちゃってるからね。

 

 

 

■MBAの教育を批判したヘンリーミンツバーグという経営学者

「MBA教育は社会に害悪を及ぼしているのでやめろ」

という旨の主張をおこなった。笑

 

■VUCAとは

Volatility 不安定
Uncertainty 不確実
Complexity 複雑
Ambiguity 曖昧

という今日の世界の状況を表す4つの単語の
頭文字を組み合わせたもの。

 

元々米国陸軍が現在の社会や経済の状況を表すために用いた造語らしい。

 

こんな世の中に「論理的な正解」を完璧に当てはめるのは
不可能、無理なんじゃないか?

 

ってことみたいですね。

 

 

 

■会社を作品と考えてみる。

ビジネスは音楽や絵画などの表現行為と
さほど変わりがないのではないか?

 

アーティスト:ヨーゼフ・ボイスいわく

 

全ての人はアーティストとしての自覚と美意識を持って
社会に関わるべきだ。

 

→ このクソッタレな世界をしっかり認識しつつ、
それをどうより良いものにしていくか格闘していく。
希望を失わないようにすることが大事。

 

 

 

■「感性」を意思決定の基準として設定してる珍しい会社「ソニー」

 

ソニーの会社設立の目的の第一条には

 

「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして
愉快なる理想工場の建設

 

→ 面白くて愉快なことをどんどんやっていくということ。

 

ソニーウォークマン開発時
最初は会長の特注品だったウォークマンをトップ2人が
「これみてよ」「いいね、これ」で商品化しようとしたが、

 

現場は「小さい、スピーカーも録音昨日ももたないやつはダメだ」と
論理的に反対したというエピソードがある。

 

しかし結局ウォークマンは大ヒット。

 

 

 

■直感はいいが、「非論理的」はダメ

江戸時代の武芸家:松浦静山のことば

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負け無し」

野球の野村監督が好んで使っていた。

あくまでも、論理的に穴、エラーがない状態での判断が必要。

 

 

 

■情報量が足りない、はほんと?

著者いわく、最近の経営会議などで判断が必要な際、
よく「情報量が足りない」「これじゃ判断できない」という
反論をよく聞くが、情報量が増えたところで判断できるのか?

ビジネスでいうところの停滞は資源の枯渇を意味するわけで
そういう「情報量」などで判断するべきではない

って言ってますねー。

 

 

 

 

■欧州では「エリートは哲学を学ばなけば【危険である】」という考え方

フランスにもこの思想が見られる。

高校で哲学の問題出題もある。

内容は見たけど、

理性は全てを説明することができるのか?
芸術作品は必然的に美しいのか?

とかを4時間かけて論述せよとかなのでまじ異次元。
日本人の学生には難しいだろうな。

でも海外はこういう問題に「自分はこう思う」
をしっかり書ける。すごいよね。

 

 

 

 

■アカウンタビリティってなに?

批判力

サイエンスとクラフトがわかりやすい
アカウンタビリティを持つ一方で

アートはそれをもってないので
意見がぶつかったときに弱い。

 

これは天才の否定にも通ずる。

 

→ 天才は自分がなぜこれで成功できたのか、言語化、説明できないことが多いから。
逆にイチローのように「なぜ打てたのか」説明できるから私は天才ではない、
というように説明できてしまうと天才ではなくなってしまう。

 

また、アカウンタビリティをもとに数値的、
合理的に判断するというのは企業としては一種の「責任放棄」
つまりリーダーシップの喪失とも言える。

 

→ 理由としてはアカウンタビリティをもとにすることで
「あの当時はこれが最善策だと思った」などとと
逃げの言葉を言えるようになるわけで。

 

 

 

 

■クックパッド紛争ってなに?

創業者の佐野氏のように「食」にこだわりのある
アートの人と

経営者の穐田氏のようなサイエンスの人で
大きく意見がわかれてぶつかって経営陣ほぼ全部解任などが起こった事件。笑

 

 

 

 

■理想の経営とは?

アカウンタビリティを考え

経営トップをアートに
左右の両翼をサイエンスとクラフトで固める。

PDCAでいうところの「Plan」をアート CEO
DOをクラフト COO、CをサイエンスCFOが行う。

これがひとつの成功モデルになるのでは。

 

 

 

 

■Appleでジョブズの辞任後株価が7%もアップした真実とは?

 

東海岸の株主は、Appleはカリフォルニアの奇人が経営してる点に
懸念を抱いてきた。今回、ウォズニアックもジョブズも去り、
そのような株主が安心したということだ。

 

という内容がテック系企業の株式ニュースレターで書かれていた。

 

逆に、ジョブズを面白いやつと見ていたアタリ創業者の
ノーラン・ブッシュネルはこう言っている

 

「今後、Appleはどこからインスピレーションを得るのでしょうか。
ペプシの新ブランドという飾りでも付けるのでしょうか。

 

 

 

■20世紀において最も強力なリーダーシップを発揮した政治家
 チャーチルとヒトラーの共通点とは?

2人とも本格的な絵かきだった。

絵を描くことはリーダーに求められる様々な認識能力を
高めることがわかっており、実際に自ら芸術的な趣味を
実践している人ほど知的パフォーマンスが高いという統計結果もある。

 

園田の意見:この「アート」と創造性やパフォーマンスの高さについては
やっぱりどのビジネス書でも触れられているな―という印象。

リーダーシップにおいてもそうだとは思わなかったけど。

 

 

 

 

■経営における「アートの担い手」には二種類いる。

1、経営トップ=アートの担い手

例えば、ジョブズは現場の意見にも口を出す
CEO件クリエイティブディレクターだった。

2、シャネルなどのラグジュアリーブランドでは一般的な
大きな権力を持った経営トップが、直接に権限移譲する形で
アートの担い手を指名するというガバナンス構図。

 

園田の意見:比較的大きいファッションブランドなどの息が長いのは
こういった構図が当たり前に取り入れられて
企業としてバランスの良いシステムが構築されてるからなのかな。

無印やユニクロなども2のような形で成功しているモデル。

 

 

 

 

■千利休は最初の「CCO」

 

千利休は歴史上初めての
「ディレクションはするけどクラフトはしない人」だった。

 

他の芸術家と違って、自分自身は製作者じゃなく、
あくまでも携わった作品ばかりだったから。

 

織田信長や豊臣秀吉らからの指示で、
侘び茶という美意識をコンセプトに現場に指示して作品を作る。。。

 

というまさにCCO的な立場の人だった。

 

 

 

■経営者がデザイナーに相談ってなぜ?

デザインと経営には本質的な共通点があると
著者は語る。

では、その「本質」とは何か?

 

一言で言えば、「エッセンスをすくいとってあとは切り捨てる」
ということらしい。

 

視覚的に表現すればデザインになり、文章で表現すればコピーになり、
経営の文脈で表現すればビジョンや戦略ということになる。

 

そんな知的生産の家庭で用いる思考の仕方はとても似ている。

 

ジョブズが言っていたように、
何をやるかを選ぶより「何かをしないこと」を選ぶことが重要。

 

 

 

■サイエンス型が強くなるとコンプラ違反のリスク高まるって不思議。

 

差別化ができなくなるから「現場」が最終的に「イカサマ」に行き着く。

 

新しいビジョンや戦略もないのに、
レッドオーシャン化した市場でそんな高い目標達成できるわけないから。

 

実際、電通の水増し請求とか東芝の粉飾決算など本当にそういう事態になっている。

 

経営辞任の最も重要な仕事は、経営というゲームの「戦略」を考える、
あるいはゲームのルールを変えるということ。

↑まじ名言ですよね。そのとおり。

 

 

 

■将棋もチェスも「直感」が大事?

ある実験で、チェスのワールドチャンピオンクラスの人と、
チェスクラブの常連の人達とで

 

「自分が考えていることを声に出しながら」

 

プレイしてもらった。

すると、読んでる先はほぼ同じ。

ただ、ワールドチャンピオンクラスの人は

 

「最終的に選んだ一番いい手が、読みの最初の数手の中に
常に含まれていた。」

 

→ これは直感的に最後の局面まで想像できているとも言える。
詰将棋の羽生さんも同じようなことを言ってる。

 

羽生さんの場合は「最終局面を想像して詰将棋を打っていく」そう。

 

園田の意見:これってようするに盤面見てパッとこの盤面からの最終局面を
自分の中でイメージできるほどエキスパートになるのがワールドチャンピオンレベルってことじゃない?

 

無意識下でこの盤面からだと最後こうなるんじゃないかとか、
そういうのが勝手に計算ではじき出されてきてるんだとしたら
まじですごいな。

 

でも結局はコンピュータに間違いなく敗北する分野でもあると思う。

 

 

 

■日本企業が成長するために見ていたビジョンは「アメリカ」だった。

戦後などは、いくつもの企業が「アメリカ」をビジョンにして
ビジネスを発展させていったが

最近は日本でもアメリカでも差がなくなり
わかりやすい「ビジョン」がなくなってきた。

そして、なおかつ日本企業はそういったトップによる「ビジョン」が
明らかに足りないから衰退するのも早い。

 

 

 

■「戦艦大和の突撃」のような「空気」での愚かな選択が
  いまのサイエンス主義の根幹

著者いわく、太平洋戦争のときの戦艦大和の突撃命令のように
「ありえないけど現場の空気でなんとなく決まった」
ような失敗に民族的に敏感になっていて

サイエンス至上主義みたいなものが根強いんじゃないかと
そう推理しています。

 

 

 

■自己実現的便益のレッドオーシャンとは

 

ジャン・ボードリヤールいわく
人は決してモノ自体をその使用価値において消費することはない。
理想的な準拠として捉えられた事故の集団への所属を示すために、
あるいはより高い地位の集団を目指して事故の集団を抜け出すために、
人々は自分を他者と区別する記号としてモノを常に操作している。

 

 

要するに、消費の基準が「機能的価値」ではなくなってくるわけなので
ファン所的側面で競争せざるを得ないということ。

 

Appleのマックブックをカフェでポチポチ

→ 「そういう」タイプの人ね。という形でブランド化できてる。
最も大きな価値は「Apple製品を使っている私」であるから。

全部の企業が「そういった価値」を提供できるようにならなければいけない。

 

 

 

 

■マッキンゼーがデザイン会社を買収した理由って?

マッキンゼーはコンサルティング会社。
そのマッキンゼーが2015年、カリフォルニアのデザイン会社
LUNARを買収した。

なぜ?

 

→ LUNARはApple、Google、ヒューレット・パッカードなどの企業を
顧客に持つ大手。

マッキンゼーの付加価値を一言で表すなら「経営にサイエンスを持ち込む」
だった。ファクトベースコンサルティングと呼ばれるもの。

デザインとは文字通り真逆だけど?

やっぱりこういった知的生産系コンサル会社は
失速傾向にあるみたい。

↓続く

 

 

 

■デザイン思考とはそもそも何か?

厳密な因果関係の整理は、
要素の変化が絶え間ない世界ではあまり意味をなさない。

なので、直覚的に把握される「解」を試してみて、
試行錯誤をしながら最善の解答にいたろうとする。

統計学でいう「ベイズ確率」

 

ベイズ確率とは

→ 正確な確率は神にしかわからない。という前提の元、
とりあえず仮置した確率を思考を繰り返しながら修正していく
というアプローチ。

 

著者いわく、マッキンゼーはクラフト偏重のコンサルから
ファクトベースコンサルでサイエンス偏重のコンサルへ。

そしていまデザイン会社を取り込むことで「アート偏重」の
コンサルになろうとしていると。

 

 

 

■日本にとっては自己実現市場の登場は好機ってなぜ?

著者いわく日本はフランスと並んで世界最高水準の
競争力を持ってるはずだと。

日本の「美意識」に関する印象からそう思ってるらしい。

 

ポール・クローデルという戦前の駐日フランス大使がいた。

1943年の秋、パリで行われたパーティで

 

「私がどうしても滅びてほしくないと思う一つの民族があります。
それは日本人です。あれほど古い文明をそのままに今に伝えている民族はありません。
彼らは確かに貧しい。しかし、高貴なのです。」

 

べた褒めすぎやろ。。。!

当時は日本はフランスと敵国だったドイツの同盟国。
こんな発言は相当ヤバい発言だったはず。

それほど、日本の美意識の高さは昔から評価されていた。

 

 

 

 

 

■デザイン、テクノロジーはコピーできるってどうやって?

Apple製品なんかにも言えるが、
ヒットした商品が出た後、似たような製品はたくさん出てくる。

なぜなら、サイエンスの泣き所でもある、
言語化が可能な部分だから簡単にコピー可能。

イノベーションの後に待っているのは「パクリ合戦」

→ どうしてもデザインとテクノロジーの陳腐化が避けられない。

ただ、ブランドと背景にあるストーリーはコピーできない。

機能、デザイン、ストーリーの3つをしっかり認知させることが大事。

 

 

 

 

■Wikipediaより信頼できる情報源について

Wikipedia内で「信頼できる情報源」と入力すると
信頼性に関する詳細なガイダンスを読むことができる。

 

 

 

■日本のDeNAやリクルート、サイバーなどには美意識は存在しない。

 

WELQ問題やコンプガチャ問題などから読み取れるのは、
これらベンチャー企業は美意識に代表されるような
内部的な規範は全く機能していないという点。

何かしらの事業を開始する際

「法律に触れてないから大丈夫やろ」

的なノリで始めちゃってるから問題。

こういった「法律さえ破ってないから大丈夫」みたいな感じを
「実定法主義と呼ぶ。

反対に、自然や人間の本性に合致するかどうか、
その決定を「自然法主義」と呼ぶ。

 

 

 

 

■ルールがない国「日本」

ライブドア事件なんかもそうだが、
違法ではないのに、後出しジャンケンで違法になる。

システムの流動が早すぎて法整備が追いつかないのである。

グレーゾーン金利についてもそうで、
結局過払い金請求についても裁判所で後付で「違法」にされてしまっている。

シティグループは日本の消費者金融から撤退するとき
「ルールのない国でビジネスはできない」
と発言している。

たしかに。w

だからこそ、実定法主義じゃなく、
自然法主義的にやらないと判断を間違える。

 

 

 

 

 

■「邪悪にならない」はGoogle流美意識

 

変化が激しい事業の中、
先程のように後追いでルールの整備が進むであろう世界だからこそ
こういう部分が大事になってくる。

人類が向き合ったことのない未曾有の選択を迫られた際、
決定的な倫理上の誤りを侵さないための合理的な社是。

かっこいい。

ステークホルダー → 利害関係が生じる者全て。

 

ジョンソンエンドジョンソンは株主よりも「顧客」と「従業員」が優先

 

 

 

■エリートを犯罪から守るための「美意識」とは?

 

結局のところ、なぜ美意識を鍛えるのか?

という問に対しての答えは「犯罪を侵さないため」

ハーバード大の行動心理学教授は
社会性動機を

 

1、達成動機 設定したゴールを達成したいという動機
2、親和動機 人と仲良くしたいという動機
3、パワー動機 多くの人に影響を与えたい、羨望を受けたいという動機

 

に分けた。

そしてそれぞれの動機によって
適する職業やポジションが変わるらしい。

 

エリートの人は多くの場合、この中の
達成動機を強く持ってる人が多い。

 

しかし、高すぎる「達成動機」はときに達成できない場合、
自分を許せず犯罪を犯しがち。

そんなエリートだからこそ、美意識に基づいた自己規範を
身につける必要がある。

 

 

 

■日本文化は「恥の文化」

対比はユダヤ・キリストの「罪の文化」

恥の文化は「集団」の道徳基準に対し、
罪の文化は各人の両親の啓発に頼る社会である。

恥、それすなわち誰かに知られない限りは「恥」ではない。

 

罪は誰に知られようとも知られずとも「罪は罪」である。

 

事実、この罪の文化が根強いヨーロッパでは
教会での「告解」がある。

 

恥に救いはない、罪に救いはある。
この考え方も相当な違いがある。

結局の所、集団の中の「正解」を求める恥の文化だと
美意識、つまり「自分のスタイル」を見つけるのは難しかった。

 

 

 

■ヨーロッパ人の近代的自我の成立を促した歴史的事件

ラテラノの公会議

→ この公会議では、信者は年に1回、
セクシュアルなことも含めて、広場で自分のやった罪を
周りに告白するという、とんでもない義務を負わせられた。

1215年。

 

 

■脳科学から見た「美意識」について。

ソマティック・マーカー仮設

脳神経学者のアントニオ・ダマシオが提唱したもの。

「情報に接触することで呼び起こされる感情や身体的反応が
脳の前頭前野腹内側部に影響を与えることで
目の前の情報について「良い」「悪い」の判断を助け、
意思決定の効率を高めるが、

今までは意思決定は出来る限り感情を排して
理性的に行うべきだといわれていたが

意思決定においてはむしろ感情は
積極的に取り入れられるべきだ。」

という説。

脳の前頭葉を損傷し、
知能指数や論理的な能力は全く問題ないのに、
実生活上の意思決定に大きな困難を来し、破滅しつつある患者を観察した。

その患者に「ある傾向」が見られたというが、
その傾向というのが

「極端な感受性や情動の減退」

だったという。

悲しいエピソードや境遇を
淡々と語るさまを見て、異様さにきづき、
実験した結果こんな仮設を唱えた。

 

 

 

■これからのビジネスリーダーの最も必要な素養は「セルフウェアネス」である

スタンフォードビジネススクールでは
教授陣の評議会において上記の内容が「最も必要である」
という満場一致で結論にいたっている。

 

 

 

■エリートがオウム的システムを好む理由

ポイント1、分かりやすい位階システム。

そんなオウム内のシステムが塾と非常に似ている。

わかりやすさ、見通しの良さが実際の社会にはなく、
「受験」というものにだけあるからこそ
受験エリートはオウムに傾倒するのではないか。

 

ポイント2、極端なシステム志向

美意識の欠如が著しい。
全くと言っていいほど彼らは文学書に親しんでいなかった。
極端な階層性、つまりサイエンスに全振りした内部。

これらの共通点として戦略系コンサルティング、
そして新興ベンチャーの業界が非常に似ているなと著者は
感じているらしい。

 

共通しているのは

「社会というシステムの是非を問わず、
そのシステムの中で高い得点を取ることだけしか興味がない」

という考え方。

この著者さんはそんなシステム的なもののみ追い求めている
人生を

 

「ハムスターのように一種のゲームのようにカラカラと
上手にこなせばどんどん年収も地位も上がっていくというとき
自分を高い次元から俯瞰的に眺めるメタ認知の能力を獲得することが大事。」

 

だと言っている。

 

 

 

 

■コンピテンシー(高い業績・成果につながる行動特性)

 

現在はおよそ20程度のコンピテンシーがあるらしい。

その中のひとつに「誠実性」がある。

哲学者のハンナ・アーレントの言葉にこんなものがある

「悪とは、システムを無批判に受け入れること」

この通りで、この「誠実さ」というのは、
あくまでも自分が属してる会社などに対して、
何も意見をいわずしっかりやるのではなく、

社会的な誠実さを求められるのだということを
理解しておくべき。

 

 

 

 

■マツダが美意識を前面に出して成功したってほんと?

ロードスターやアテンザは
いわゆる高級車としてでもなく、
そして省燃車としてでもなく、
非常に栄誉あるデザイン賞を受賞している。

 

そして実際に業績も大幅にアップしている。

→ その一端が前田育男の「Car as Art」
つまりアートとしてのクルマというビジョンなのは確実。

 

マツダにおける「顧客の声」の位置づけ

 

→ 一応の参考にはする、程度。
あくまでも目的は「日本的美意識の盛り込み」。

顧客に好まれるデザインではなく、
魅了するデザイン。

要するに「上から目線」

デザイン思考というのは、問題解決手法であって、
創造の手法ではない。

前田氏いわく、アートと呼べる作品とは
説明がなくともひと目見た瞬間に
人を感動させられるものでなくてはならない。

 

 

 

 

 

■世界のエリートはどうやって美意識を鍛えているのか?

アートがサイエンスを育む。

→ 他の本にも書いてあった、ノーベル賞受賞者の
絵画や楽器演奏等の芸術的趣味の有無の研究。

さて、実際に彼らは一般人に比べて
2,8倍もの芸術的嗜みがあったわけだけど

実際に科学的な業績と芸術的な趣味の関係性のメカニズムは
今もよく分かっていないらしい。

 

 

 

 

■絵画を鑑賞すると観察力がアップする?

エール大学の研究によると医大生に対してアートを用いた視覚トレーニングを
実施すると皮膚科の疾病に関する診断能力が56%もアップしたとか。

他にも、直接的な診断能力だけでなく、
細部の観察能力は10%向上したという報告がある。

 

 

 

■VTS(Visual Thinking Strategy)とは?

見る力を鍛えるためのもの。

平たく言えばビジュアルアートを用いたワークショップによる鑑賞力教育。

作品を見てもらって、見て、感じて、言葉にしてもらう。

 

1、何が描かれているか
2、絵の中で何がおきていて、これから何が起こる?
3、どのような感情や感覚が自分の中に生まれていますか?

 

みたいな。

 

 

 

 

 

■見る力を鍛えるとパターン認識から自由になれるってどうして?

前述したVTSのように、観る力をつけよう。

普段は大人はパターン認識で「観る」というより
過去の経験などから「読み取る」ことを意識してる。

ただそれだと、シンプルな本質などを「見」抜けないことが多い。

逆に、成功した起業家は普通の人の四倍も、
失読症である(要するに読み取るより見て結論づける)確率が高いんだとか。

言葉の入らない、美しい感じを持ち続けることが大事。

 

 

 

 

■哲学に親しむ方法とは

プラトン
アリストテレス
マキャヴェッリ
ホッブズ
ロック
ルソー
マルクス

これらを学んでみよう。

海外のエリート育成ではまず、
哲学が土台にあり、その上で功利的なテクニックを身に着けさせる、
という側面が強い。

日本はその土台がないなというのが著者の印象。
まぁそうだわな。

 

哲学から得られる学び

→ 1、コンテンツからの学び

その哲学者が主張した内容そのもの。

2、プロセスからの学び

コンテンツを生み出すに至った気付きと思考の過程。

3、モードからの学び

その哲学者自身の世界や社会への向き合い方や姿勢。

※古代ギリシャの哲学の論考内容は自然科学の検証によって
すでに誤りであるとされているが、2、3から学びが得られる。

知的反逆(システムへの疑い)とはすなわち
「ロックンロール」だ。笑

 

 

 

 

 

■文学と哲学は「同じ学び」を得られる学問?」

偏差値が高いが美意識が低い人達は、
オウムのとき同様、非常に文学作品を読んだ経験が薄い。

文学というのは、哲学のような「問い」を物語の体裁をとって
考察してきた文化なのだ。

ドストエフスキーの罪と罰のように、

「一体誰が本当の罪人なんだろうか?」

と主人公は考えながら過ごし、ソーニャと出会う。

 

そして自首するという流れの中で、
考えさせられることは多い。

 

上記の問いの答えは明確には出ないが、
その答えを読者に投げる。そして著者や主人公、
登場人物の立場に自分を置き換えてみて、考える。
これは哲学的だと確かに思う。

 

 

 

 

■リーダーシップと「詩」には非常に強力な結節点がある?

両者ともにレトリック(修辞)が命である

レトリックとは平たくいえば
「文章やスピーチなどに豊かな表現を与えるための一連の技法のこと」

レトリックの対置 ダイアローグ(対話)

真実に至るにはダイアローグ。

ただ、人を酔わせる、人を舞い上がらせるチカラがあるのは
レトリックである。

そしてそのレトリックを上手く活用するために必要なのは
「メタファー(比喩)」の引き出しを多くするほかない。

著者いわく

「リーダーがやれる仕事というのは徹頭徹尾「コミュニケーション」でしかない」

らしい。

だからこそ少ない情報量で、豊かなイメージを伝達するメタファーの技術は、
リーダーには必須の能力。

そういった意味で優秀なメタファーの宝庫の「詩」を学ぶのは有効的だ。

 

 

 

 

■歴史が変わるルネサンスについての名言

歴史学者のフェルナン・ブローデルいわく
「ある日、神様がやってきて、鐘をガランガラン鳴らしながら【今日から新しい時代が始まりますよ】というように転換するものではない」

と言っている。

そして著者は「このままでは何かがおかしい」と感じて行動を
改める人が、少しずつ増えていくことで
歴史というのは転換していくものなのです。

 

 

 

 

■イギリスにある「ロイヤルカレッジオブアート」は
 修士号、博士号を授与できる世界で唯一の美術系大学院大学。

→ ダイソンの創業者ジェームスダイソンは
ここでプロダクトデザインを学んだ。

このRCAがここ数年「グローバル企業の幹部トレーニング」を
ビジネスとして拡大しつつある。

粗製濫造 → いい加減な作り方の質の悪い製品をむやみやたらに数多く作ること。
なんて意味かわからず検索したけどむずすぎでしょこれ。

10年ほど前からスタンフォードやハーバードでも
MBAとは違う、MFAというデザイン思考の学位プログラムがスタートしている。

 

 

 

以上。